Engadget Logo エンガジェット日本版 「SIMロック」はなぜ原則禁止になったのか、総務省の議論を振り返る(佐野正弘)
かねて携帯電話の乗り換え障壁として問題視されてきたSIMロックですが、2021年1月末、「携帯電話のSIMロックが原則禁止になる」との報道がなされました。
これは2021年1月27日に実施された総務省の「スイッチング円滑化タスクフォース」の第4回会合の内容を受けて報じられたもの。同日の総務省資料にも「携帯電話端末にSIMロックを設定することは、原則として禁止するべきではないか」との記述がなされており、購入時にSIMロックを設定する合理的理由がない限り、SIMロックがかかっていない端末を渡さなければならないと記されています。
さらに2021年1月29日に実施された武田良太総務大臣の記者会見では、SIMロック解除について「できるかぎり速やかに実現していきたいと考えております」と、非常に前向きな発言をしています。それゆえ今後、日本でも原則SIMロックが禁止されることになることは確実な情勢といえるでしょう。
冒頭でも触れた通り、携帯電話やスマートフォンにSIMロックがかかっていると、端末を購入した携帯電話会社以外のSIMを挿入しても通信ができないので、同じスマートフォンを使いながら他社に移ることができません。それが携帯電話会社間の乗り換えを阻害し、競争を停滞させる要因の1つになっているとして、総務省は長年問題視していたのです。
実際SIMロックに関する議論は、現在の菅義偉総理大臣が総務大臣だった2007年の有識者会議「モバイルビジネス研究会」の頃から進められていたもの。14年近くにわたって議論がなされており、相当長い時間をかけて今回の結論に至っているのです。
ではなぜ携帯各社はこれまで端末にSIMロックをかけてきたのかといいますと、もちろん他社に容易に乗り換えられては困るというビジネス上の事情がある訳ですが、単なる囲い込みではない正当な理由もあります。そこに大きく影響しているのが端末の値引き策です。
かつての携帯電話会社は、新規加入者を獲得したり、他社から顧客を奪ったりするための武器として、高額な携帯電話やスマートフォンを大幅に値引いて販売していました。何年か前まで、番号ポータビリティで乗り換えると、本来高額なiPhoneなどを実質1円、0円といった価格で購入できたことを覚えている人も多いかと思います。
そして各社はその値引き原資を、ユーザーが支払う毎月の携帯電話料金から得ていました。端末を安く売って顧客を獲得し、その原資を後から獲得した顧客からの通信料で回収するビジネスをしていたことから、ユーザーが端末購入後にすぐ解約して他社に移ってしまったり、割賦で端末を購入したユーザーが料金を踏み倒してしまったりすると損が発生してしまうのです。そこで各社は、安価に購入した端末を容易に他社回線で利用できなくするよう、SIMロックをかけることでそうした問題行為を抑止していた訳です。
ですが、端末の大幅値引きで加入者を獲得するというビジネスそのものを問題視していたのが総務省です。端末値引きは端末を買い替える人しか恩恵が受けられず不平等である上、端末の値引き分が上乗せされるため通信料金の高止まりにつながること、そしてSIMロックがあることで他社への乗り換えが阻害され、事業者間競争が停滞する要因になっているとして、端末値引きの抑制とSIMロックの解除を強く求めてきたのです。
とりわけ総務省の動きが活発になったのが、携帯会社を乗り換えるとスマートフォン一括0円で購入できる上、5万円、10万円といった高額なキャッシュバックがもらえるという激しい端末値引き合戦が繰り広げられ、社会問題として取りざたされるようにもなった2014年以降のこと。行き過ぎた端末販売競争を大きく問題視した総務省が、端末値引きとSIMロックに対して非常に厳しい措置を取るようになったのです。
実際、2015年5月にはSIMロック解除が義務化。2016年4月には「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」が打ち出され、スマートフォンの実質0円販売が禁止されるに至っています。
さらに2016年に実施された「モバイルサービスの提供条件・端末に関するフォローアップ会合」を受け、端末の分割払い時にSIMロック解除が可能になる期間が180日から100日に短縮されたほか、2017年から2018年にかけて実施された「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」での議論から、中古端末のSIMロック解除も義務付けられました。
そして2018年から2020年にかけて実施された「モバイル市場の競争環境に関する研究会」では、分割払い時であってもクレジットカード払いなど、信用が確認できた時点でSIMロックを即時解除することが義務化されたほか、SIMロック解除手続きの原則無料化、そして中古端末であってもオンラインで解除手続きできることが義務付けられています。
ですがSIMロックの解除条件が緩めば、端末代の値引きをしている携帯電話会社側は踏み倒しなどのリスクが高まるのも事実。そこである意味、究極の手段として総務省が打ち出したのが、端末値引きそのものを規制することです。
実際、先の「モバイル市場の競争環境に関する研究会」の議論を受け、2019年10月には電気通信事業法を改正。通信料を原資とした端末値引き自体ができないよう、いわゆる「分離プラン」の導入が義務付けられたほか、そうでない場合の端末値引き額も上限が2万円に規制されたのです。端末の大幅値引きができなくなったことでSIMロックをかける意味自体が失われてきたのに加え、2020年に誕生した菅政権による携帯料金引き下げの後押しもあって、総務省はSIMロックの原則禁止にまで踏み切ったといえるでしょう。
それに先駆ける形でNTTドコモは2020年8月より、端末購入者が信用確認措置に応じた場合は購入者の申し出なしにSIMロック解除した端末を渡す措置を取っています。またKDDIとソフトバンクも今後同様の措置を取る方針を打ち出していることから、今回の総務省の方針を受けてSIMロックが過去のものになることは時間の問題といえそうです。
なおSIMロックに関する議論は日本だけでなく他の国でもなされているものでもあり、カナダでは2017年、イギリスでも2020年にSIMロック禁止の方針が打ち出されています。消費者が不便を被ることなく他社に乗り換えやすくする上で、SIMロックが阻害要因となっていることは確かですし、その障壁がなくなること自体は消費者にとって喜ばしいことは確かでしょう。
ただここまで触れてきた通り、SIMロックは端末の値引きと密接につながっていることから、SIMロックの規制によって高価なスマートフォンを安く購入できなくなったのも事実です。そしてその影響を大きく受けているのは、実は消費者だけではありません。
3Gや4Gなどの時代、日本ではSIMロックと端末の大幅値引きがあったことで、新しい通信規格に対応した端末の普及が世界に先駆けて進み、それが先進的なサービスを利用しやすい土壌を作り上げてきました。ですが端末値引きとSIMロックに規制がかかった5G時代はそのポテンシャルが失われ、むしろ普及の遅れが懸念されるなど、日本の携帯電話産業を見据えると非常に大きなデメリットを生み出しているのです。
またそもそも携帯各社が自社で販売する端末は、iPhoneなど一部機種を除いて、基本的に自社のネットワークで快適に利用できるよう、自社が免許を持つ周波数帯だけに対応させていることが多いのです。そのためSIMロックした端末を他社のSIMで利用すると、対応する周波数帯が合わず快適に利用できないケースが発生するというのはスマートフォンに詳しい人ならご存知かと思いますが、そうした知識を持たない人が他社のSIMを挿入して利用した場合、誰が、どうやってサポートするのか?という問題は置き去りになったままです。
筆者も長年このSIMロックに関する議論を追っててきましたが、正直な所あまりにも総務省の「規制ありき」という姿勢が強く、そのことが生み出すデメリットや課題に関する議論がほとんどなされていないことが非常に気がかりだというのが、正直な感想です。
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