デジタル副大臣に聞く。教育データ利活用で、格差をなくし、多様な学びを実現できる社会へ
デジタル庁は2022年1月7日、関係省庁とともに「教育データ利活用ロードマップ」を公表した。これを受けて、一部のメディアが「国が子どもの学習履歴を一元化」と報道し、Twitterでは炎上騒ぎに発展した。【この記事に関する別の画像を見る】正確には、教育データの「一元化」ではなく「標準化」であり、デジタル庁も報道を否定するコメントを発表している。とはいえ、教育データの利活用について理解が得られたわけではない。どのような施策なのか、何をめざすものなのか、疑問も多い。そこで「こどもとIT」編集部では、教育データ利活用について理解を深めるべく、デジタル庁の小林史明デジタル副大臣兼内閣府副大臣を直撃。「一元化ではない」という真相と、教育データの利活用がもたらす課題解決やめざす社会について聞いた。■ こどもに関するデータはバラバラ。部局・組織を超えた情報共有は原則禁止――そもそも、デジタル庁が「教育データ利活用」に取り組むようになったのは、どのような背景があるのでしょうか。その経緯や課題感を教えてください。小林:1月にデジタル庁が公開した「教育データ利活用ロードマップ」はいくつかのデータを標準化して連携し、関係者が必要な情報を適切に利用できるようにすることで、「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」を築くためのものです。大きく整理すると、2つの流れがあると思っています。ひとつは、子どもたちの学習や学校生活に関するデータを活用して、それぞれの子どもに合った学びの提供をめざす「教育データの活用」の話と、もうひとつは、子どもたちの命や健康・安全を守る「こどもに関する情報・データ連携」の話です。ひとつめの「教育データの活用」の話は、GIGAスクール構想で1人1台端末が整備されて、一人ひとりに合った学習環境が提供できるようになったことが背景にあります。デジタル教材を使うことで、中2の数学を解けない生徒が、小4の分数に戻って学習したり、授業の内容が簡単な生徒はどんどん先に進んだりと、一人ひとりの習熟度に応じた学習が可能になりました。また一方では、皆と同じ進捗で学ぶのがむずかしく、学校に行きづらい生徒もいます。そうした子どもたちにも家庭で学べるような環境も提供できるようになりました。このように、子どもたちが多様な方法で学び、それぞれに満足できる教育を提供するために、個人の理解度などを把握する学習データの活用が必要だ、というのが「教育データの活用」の狙いです。一方で、「こどもに関する情報・データ連携」については、福祉や税の話になります。残念ながら日本は、子どもの貧困や虐待が非常に増えているのですが、問題が深刻化してから対処するのではなく、できる限り早期に予兆を発見して予防的なアプローチにつなげたいと考えています。そのためには行政組織ごとにバラバラに保管されているこどもに関するデータの連係が必要で、深刻な事態を防ぐのに、予防的なアプローチが効果的であることもわかってきました。1人でも多くの子どもたちの命を守り、子どもたちが置かれている難しい環境に対して、福祉や行政からサポートをしたいと考えています。――現状、子どもたちの教育や福祉に関するデータは、どのように管理されているのでしょうか。小林氏:この資料を見てもらえれば、どれだけデータがバラついているかがわかります。まず、医療機関や児童相談所、学校や保育所など組織ごとにデータが分かれているのは、報道などでご存じの方も多いかもしれませんが、さらにややこしいのは、自治体の部局の中でも、住基・保育・税・福祉とシステムもルールとして分かれていることです。一方で、困難を抱えている家庭や子どもというのは、「障害を抱えていて貧困」とか、「ひとり親で子どもが不登校」という具合に、複数の困難を抱えているケースが多いです。現状、そうした複数の困難は、組織ごと別々にデータとして管理されています。たとえば、福祉のシステムで生活保護や児童扶養手当を見れば、ひとり親なのか、困窮世帯なのかはわかります。しかし、その家庭の子どもが学校生活や学習で困っていないかどうか、そこまではわからない。成績データや出欠データは教育委員会や学校が持っているので、同じ自治体だとしても教育と福祉で部局が違うとやり取りがスムーズにできません。これはシステムが整備されていないからできないのではなくて、部局をまたいだ情報提供は原則禁止されているためです。本来であれば、先生が受け持ちのクラスで家庭環境の心配な子どもがいたら、福祉に情報を共有して、福祉サイドから子どもにアプローチをしたり、逆に福祉サイドから見えている情報を学校に共有して、学校側でも配慮できたり、といったことができるのが理想ですが、今はそれができません。さらに、個人情報保護制度も絡んでいます。個人情報保護制度ではデータの使い道について利用目的の範囲内で保有・利用することとされていて、たとえば、学力データの収集は、学力を向上させる目的でとっているので、子どもたちの家庭の支援のために活かすことは困難です。目的外利用というものになり違法になることもあります。■ デジタル庁の役割は?データ連携を実現するアーキテクチャの設計――組織間や部局間における情報共有の壁を取り払うような、有効な手立てはあるのでしょうか。小林氏:一部の自治体が条例として定め、取り組みを始めているケースがあります。大阪府箕面市では、「子ども成長見守りシステム」というシステムを構築して、さまざまな要素で子どもの状態を判定し、一人ひとりの成長をカルテに記録して経年的に把握しています。そこから重点支援が必要な子ども、予防的措置が必要な子ども、見守りが必要な子どもがわかるようになっています。このシステムによって、「重点支援が必要な子ども」と判定された児童生徒のうち、学校で見守りの対象になっていない子どもが25%いることが分かり、学校で”ノーマーク”の子どもを見つけるのに有効だと分かりました。さらに、箕面市では個人情報保護条例への対策もしています。個人情報保護条例にはもともと、「本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になる場合」は目的外利用もできるのですが、「子ども成長見守りシステム」でデータ連携するにはこの解釈だけでは使いづらいということで、あえて条例を改正されました。このように、子どもたちの支援につながる効果をあげる目的であれば、部局が異なっても目的外のデータ連携も実現させることができます。――デジタル庁としては、教育データ利活用の取り組みを進めるにあたり、箕面市が構築した「子ども成長見守りシステム」のようなものを作ることが目的になるのでしょうか?デジタル庁の役割を教えてください。小林氏:デジタル庁の役割は、データ連携のアーキテクチャを設計することです。データ連携のやり方には、いくつかパターンがあり、組織を一緒にして情報を共有するパターンや、組織は密じゃなくてもデータだけを連携させるパターン、また自治体の外にある協議会と絡むパターンなど、いろいろあります。その組織にあった理想的な実装可能なデータ連携のパターンは何か。デジタル庁としては、この2月から公募を始めた「こどもに関する各種データの連係による支援実証事業(地方公共団体におけるデータ連携の実証に係る調査研究)」の実証事業を通して、「あなたの自治体だったらこのやり方が最適ですよ」という提案を示したいのが、第1の役割です。そして、実証事業の内容をもとに、どういう仕組みで連携するといいのか、どういうデータ項目を連携させると効果的なのか、どういう組織体系のパターンがあり得るのか、さらにどういうルールに基づいてやるのが可能なのか、こういうところを整理したい。これが示されるだけでも、全国の自治体が動きやすくなると考えています。また、デジタル庁や国がシステムを作って子どもたちの個人情報を一元的に管理するということではありません。先ほどお見せした「こども」に関するアーキテクチャの中に国は入っていないのが証拠で、自治体や関係機関が分散管理するのが望ましいと考えています。■ データ連携には意味があるが、教育データの「一元化」はメリットがない――デジタル庁から教育データの利活用の話が出たとき、多くの保護者は唐突な印象を受けたと思います。また報道を受けて、「一元化」の話が全面に出てしまいました。これについて副大臣はどう思われていますか。小林氏:2つの課題があると思っています。ひとつは政府として反省すべき点は、なぜ、この政策、データ連携が必要なのか、背景や目的の共有が不十分なまま、教育データの利活用の情報だけが出てしまったことです。これについては、政府全体として解消していくべき課題だと思っています。もうひとつはですね、そうは言っても、多くの方は「バラバラなデータを連携させて使う」と言った瞬間に、「それって一元化だよね」と解釈されてしまうことです。これには、デジタル的な認識を共有する必要があります。結論から言うと、データの「一元化」は、実はかなりコストもかかるし、メリットがないと考えています。ものすごく荒っぽい言い方をすると、一元化って一つのExcelのシートに全ての人の全てのデータを全部並べていくようなイメージなのですが、これはアクセスがとてもしにくいものになり、データ容量が大きく、コストも上がります。また、こどもに関するデータというのは、学校や教育委員会、福祉部局とそれぞれの組織から情報を入力する必要があり、もし一元化した場合、複数の人が同じデータベースにアクセスすることになり、データの正しさを確保するのもむずかしくなります。だから、それもやりたくありません。仮に、教育データを一元化しようとしたらどうなるか。システムとしては、それぞれの部局が持っているデータベースのコピーを1ヶ所に集めるという設計になりますが、今度は更新のリアルタイム性が失われるので、実はデジタルの観点で見ても、一元化は正直メリットがありません。――とはいえ、子どもに関すること、学習に関することをデータ化されて、それが一生残ることに不安を感じる保護者も多いと思います。子どもたちのどのような情報がデータ化されるのでしょうか。小林氏:今回の実証事業で、どのようなデータ項目が必要なのかを整理します。逆に、「今までデータを取り続けてきたけど、これって意味があるの?」ということもあるかもしれないですしね。保護者の皆さんが感じているのは、「データが何に使われているか分からない」という気持ち悪さではないでしょうか。もし、収集されたデータが子どもたちの生活や学習に効果や恩恵を与えられるのであれば、データ活用にもポジティブになっていただけると思います。データが何に活用され、どのような効果をもたらすのか、そこを明確にしていくことが大切だと思います。政府は、目的に対して必要なものをデータ化すべきだと考えています。なんでもかんでもデータ化したいわけではありません。また現在、学校現場で得られていない情報をこの機会に、学校現場にとってもらってデータ化することも考えていません。すでに学校現場の負担は大きいので、今、十分に取れているデータで、いかに良い効果を上げるかを我々は重視しています。――学習履歴や学習データといいますと、以前、文部科学省が「JAPAN e-Portfolio」を実施して取り止めになったことは記憶に新しいです。子どもたちの学習履歴をデータ化することは実行可能で、本当にメリットがあるのでしょうか。小林氏:JAPAN e-Portfolioと今回の取り組みが異なるのは、JAPAN e-Portfolioは出口が大学入試だったことです。今までの教育の延長線上で、子どもたちが大学入試のために学習記録を電子化するという話だと捉えています。一方で、これからデジタル庁や文部科学省が取り組む教育DXや教育データの利活用は、大学入試に限らず、一人ひとりの意欲と能力に合わせた学びを実現するために、データを活用するということです。そのためには子どもたちの得意不得意、興味・関心など学んだ内容をGIGAスクールで配布したタブレットを通じて本人の情報として記録し、次の学習に活かせるようにすることが必要です。そのためにデジタルやデータを使うとご理解いただきたいですね。――教育データの利活用の全般について、目指す社会や教育、ゴールを教えてください。小林氏:ひとつは家庭環境など様々な背景の中で、どんな状況にあっても、一人ひとりの子どもが健康ですこやかに育つ環境を、国として整備することが何より重要だと考えています。統計上、家庭環境によって学力や進学に差があることは分かっていて、そこに早く気づいて支援や手当をしたい。この環境の差を埋めていくことが国として大切だと思っています。もうひとつは、行政サービスのあり方を変えたいということです。今までの行政サービスは基本的に申請主義で、困っている人が役所に言いに行って始めて支援が受けられるというものです。しかし、デジタル庁はこれを「プッシュ型」と呼ばれるカタチに変えていきたい。たとえば保護者のスマホに「実はこんな支援策が使えますが、あなたは使っていません。ご利用されませんか?」といったメッセージを届ける、という具合です。ただ、デジタル庁が直接「プッシュ型」サービスを国民の皆さんに提供するわけではありません。国民と向き合っているのは、自治体の現場だったり、その先にある組織やNPOのみなさんになりますので、そういう接点を持っている人たちに「プッシュ型」サービスを使ってもらって、早く支援を届けられるようになってほしいです。時代も大きく変化し、デジタルやデータを上手く活用していけば、一人ひとりに合った学び方や行政サービスが受けられる社会になりました。デジタル庁では「誰ひとり取り残されない、人に優しいデジタル化を」をミッションに、さまざまな新しい取り組みを進めていきたいと思います。
こどもとIT,神谷加代
最終更新:Impress Watch