『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』監督が語る、作品への情熱と制作秘話 | マイナビニュース マイナビニュース マイナビ
ダニエル・クレイグとキャリー・フクナガ監督(Photo by Nicola Dove)
世の中には、007シリーズにまつわるデータが頭に入っていて、洒落の効いたセリフを引用したり、個人的なトップ10リストを作成するような熱狂的なボンド・ファンがいる。また、誇大妄想の敵役、「ボンドガール」、秘密兵器、世界を股にかけた活躍、ジョン・バリーによるテーマ曲、オープニング・タイトルなど、大抵は予定調和の結末に落ち着くとわかっていても、いつもの習慣で喜んでチケットを購入してボンドの新作を鑑賞する映画ファンもいる。キャリー・フクナガは、後者の映画ファンに分類されるだろう。彼が初めて見たボンド映画は『007/美しき獲物たち(原題:A View to a Kill)』だったと、彼自身は記憶している。その後、ピアース・ブロスナン時代の作品からしっかりと見始めた。中でも『ゴールデンアイ(原題:Goldeneye)』がお気に入りだったというが、同作品がビデオゲーム化されたという理由による。特に好みの作品を挙げるならば、ジョージ・レーゼンニーが唯一ボンド役を演じた『女王陛下の007(原題:On Her Majestys Secret Service)』だという。フクナガは『ノー・タイム・トゥ・ダイ』へ参加するにあたり、幾度となく見返している。
また、ダニエル・クレイグ5作品の最初を飾る『007/カジノ・ロワイヤル』も印象に残っている。フクナガは何かが変わった気がした。「ダニエル・クレイグ版は、とてもスマートに感じた」と彼は言う。「世界の動きに合わせて007シリーズも変わる必要があった。ショーン・コネリー版ボンドのやっていたことは、今では完全に犯罪だ。ダニエル(クレイグ)以前の作品にも、ジュディ・デンチ演じるMが、ボンドを”あなたは時代遅れの女性差別主義者で、まるで冷戦時代の遺物よ”などと呼ぶシーンがある。シリーズ自体のキャラクター設定と、時代に合わせた変化が必要なのさ。」
「でもダニエル版のボンドは、僕の世代に合っていると感じる」とフクナガは続ける。「ダニエル・クレイグ版が好きなのは、情緒が感じられるからだ。個人的な利害関係があり、リアルな喪失感がある。インディペンデント映画の世界から外へ出て何かがしたい、という僕の思いと、ジェームズ・ボンドというキャラクターがぴったりはまったのさ。僕がこれまでに監督した『闇の列車、光の旅』から『ビースト・オブ・ノー・ネーション』を振り返ると、孤児やアウトサイダーなど独自の波長を持ち、自力で生きている人間ばかりがテーマになっていた。僕は悟ったのさ。」
フクナガはしばらく間を置いて口を開いた。「僕は孤児ではない。僕の家族は、僕がそれを知っているということに感謝するだろうね」と笑いながら分析する。
しかしフクナガ自身にも「アウトサイダー」の一面が強く見られる。さまざまな人種の血筋を持つフクナガは、北カリフォルニアで生まれ育ち、母親の再婚に伴い少年時代の一時期をメキシコで過ごした。彼はかつてニューヨーク・タイムズ・マガジン誌のインタビュー(2018年)で、自身の生い立ちについて語っている。「どの民族に属すのか、自分でもわからない。血液型はOマイナスだから、誰にでも輸血できる。いわゆる第3文化の子どもで、特定のグループではなく世界の中の一人として生きてきた」という。フクナガは軽くうなずくと、言葉を選びながら話し出した。
「たぶん…自分の心理状態を分析してみると、僕は感受性が強い方だと思う。性格が優しいという意味ではない」と彼は言う。「さまざまな人々の違いを見分ける能力という意味だ。成長過程での経験から、どんな環境にも適応でき、必要に応じて自分を合わせられる。今の自分にどのように影響しているのか、具体的にはわからない。でも言えることは、『闇の列車、光の旅』や『ビースト・オブ・ノー・ネーション』など、これまで全く経験したことのない世界に飛び込んだ時でも、相手がどのような背景を持ったどのような人間であれ、僕にとっては常に過去の経験の再確認でしかなかった。普通なら、細部まで本物に近づけようとしてリサーチを重ねる必要があるだろう。でも人間としての経験は、普遍的なものだと思う。」
「さまざまな異なる文化や家族構成や社会階級に身を置きながら、他人に頼らず自分で切り抜けてきた人間にとって、経験は間違いなく自分の糧になる。自分自身がそうだった」とフクナガは続ける。ジェームズ・ボンドというポップカルチャーの世界に組み込まれたキャラクターの中に、アウトサイダーの側面が見える、と彼は言う。だからこそ、ジェームズ・ボンドの仕事はフクナガにとって魅力的だったのだろう。「僕は人々が求めるものを確実に提供できる。自分のいる世界はいったい何なのだろうかと思いを巡らすボンドの内面的なモノローグだ」と、007のムーディーなアートシアター版とも言える『闇の列車、光の旅』を監督したフクナガは、ジョークを飛ばす。フクナガとしては、追跡シーンやアクションシーンに加え、美しい女性たちが登場する「正統派の」ボンド映画を撮りたかった。そして、ダニエル・クレイグ史上最高のジェームズ・ボンドにしたかったのだ。彼の信条は、常に思い切りやることだった。フクナガ自身が『ノー・タイム・トゥ・ダイ』は完全に個人的な思い入れを込めた作品だと言うのも、映画を見れば100%理解できるはずだ。
「僕の作品に登場する全てのキャラクターは、僕の中では実在の人物なんだ。ボンドは僕が作り出したキャラクターではないが、最終的に彼は僕にとってリアルな存在になったと自信をもって言える」と彼は言う。ただし本当の「最後」は、期待以上のものとなっただろう。
ロンドンでの最初のインタビューが終わりに近づく頃、中国で起きている状況についても話題に上った。2020年2月中旬のことだった。数か月前に中国・武漢の街を封鎖に追い込んだミステリアスなウイルスが、他の都市や国々にも伝染していた。中国市場での興行への影響など動向を見極めているが、全ては計画通りに進んでいるという話だった。しかしフクナガはニュースで見聞きする状況の変化を、少なからず心配しているようだった。それから数週間後、電話での長時間のインタビュー中に「パンデミック」という言葉が飛び交った。フクナガは、成り行きを見守るしかない状況への懸念を深めているようだった。
それでも作品はほぼ完成していた。フクナガは、長くハードな製作作業を何とか乗り切った。撮影中に主役が負傷し、監督のフクナガが英国のタブロイド紙からの批判にさらされたこともあった。英国では2021年4月3日、米国では4月8日と公開予定日が設定され、ゴールラインが迫っていた。「終わりが見えてワクワクする」と、フクナガはジョークを飛ばした。
3度目にインタビューした2021年8月の終わりに『ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、コロナ禍で上映が延期(しかも一度以上)された最初のメジャーな映画作品となった。「最初のPRイベントまで数週間という時期に、”本当にやるのか?”という感じだった」とフクナガは振り返る。作品の仕上げ段階にある中で、フクナガは「中断の圧力」を感じていた。「僕の初作品も(2009年の豚インフルエンザの)パンデミックと重なり、メキシコの映画館が閉館していた。だから僕にとって今回は、デジャヴ的な体験だ。どんなプロジェクトでも、次につながる。だから、もしも自分の作品が日の目を見ず、それでも仕事を続けなければならないとしたら、どうだろうか。」
米国へ帰国したフクナガは、ニューヨーク州北部で数週間のオフを過ごした。ロンドンでの最初のインタビューで彼は、スタンリー・キューブリックが実現できなかったナポレオン映画を完成させるという夢のプロジェクトについて語っていた。同作品はテレビのリミテッドシリーズとして放送される予定だったが、延期されている。彼はまた、ある映画の再編集に携わった(ハリウッド・リポーター誌によると、作品はマーク・ウォルバーグ主演の『ジョー・ベル(原題:Joe Bell)』だという)。さらに、第一次世界大戦中の兵士を描いたテレビシリーズの脚本の書き直しも始めたという。根を詰める作業に疲れたフクナガは2020年夏、ギリシャでペリエ向けのCM撮影の仕事を引き受けた。撮影中にフクナガは、トム・ハンクスとスティーヴン・スピルバーグがプロデューサーを務める第二次世界大戦をテーマにしたアンソロジーシリーズ『Masters of the Air(原題)』の依頼を受けた。同シリーズは、「ブラディ・ハンドレッドス」の異名をとる米軍の爆撃部隊を扱った『バンド・オブ・ブラザース(原題:Band of Brothers)』の続編的な作品だ。「電話を受けた時に僕は撮影でミロス島にいて、翌年の仕事をどうしようかと考えているところだった。ボンド映画もいつ公開されるか未定だったので、”とにかくやってみよう”という感じで仕事を受けた。」
『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開日が米国では2021年10月8日に決定し、フクナガ監督がボンドに別れを告げる時が来た。大ヒットシリーズの監督という心身ともに消耗する経験を振り返ったフクナガは、映画制作のプロセスに対する深い造詣を身につけた。「かつては正に”群盲象を評す”状態だった」と彼は言う。「以前の僕は目の前に見えるものしか理解できず、”全体はどんな感じだろうか?”と想像することしかできなかった。まだまだ未熟者だった。」
「ところが今や、4番バッターになろうとしている」と、4本の作品の上映を控えた彼は続ける。「それでも、クリーンアップを務めるのは厳しい。満足のいく方法で全てを詰めて、ストーリーを固めるのが最も難しい作業だ。ダニエルのボンドを仕上げるのは自分にとっての責務だったが、やりがいはあった。自ら望んだチャレンジだった…と思う」と彼は笑う。「でも今回やり遂げることができたので、次もまた同じようにやるだけだ。」
From Rolling Stone US.